私の12年間

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ある人が12年間を振り返っていた


そこで少し私も振り返ってみたくなった
多少の誤差はあるけれど・・・

きっと
いろいろな気づきに出合いそう


12年前春(たぶん2006年頃)
子どもの家出がきっかけでコーチングに出合う
コーチングに出合ったのも
いま、考えてみると偶然の一致のオンパレードだった
絶対にコーチングなんてご無理・ご無理・ご無理・・・だった
自分とは全く別の世界だと思っていた
見えない心の部分を扱うなんで
絶対に無理・・・
でもコーチングに惹かれていく
自分でも不思議だった
すごく不思議だった

私がコーチングで学んだことを使うと
子ども達が真似をした
たとえば
「ありがとう」の言葉を家族の中で意識して使うと
家族みんなが「ありがとう」を口に出し始めた

子どもが友達との会話の中で
「〇〇ちゃんはそのことについてどう思うの~?」と友達に質問をしている
子どもが私の真似をして友達にコーチングしてる
そんな様子が垣間見えた

コーチングは自分にも機能し
自分自身の葛藤や両親との葛藤にも役だった
そのため4~5年、
お金と時間をかけて必死にコーチングやNLPを学んだ
学ぶ中で思い込みや鎧が剥がれていった
何よりも自己肯定感が高まった
それはお金で買えるものではなかった



9年~10年前(2008年頃)
コーチングを仕事にしたいと思うようになった
特に「女性(お母さん)が元気になれば子どもも元気になる」と思い
NLPの先生やある分野のコーチをお招きして
ママ対象にWSを開催したり

そういえば「ラジオでコーチング」をしたいと思い
FM大和で天気予報、ニュース、交通情報など1年間やっていた
「ラジオでコーチング」をやりたいと思いから
ラジオ局にとび込んだが
全くどのようにしてやるのかイメージがわかなかった
*やりたくてもイメージがわかないことはNGだという事に気づくが必要なプロセスでもある


8年前(2010年)
受験と介護が同時進行
PTAママと部活ママも重なる
2日に一度は横浜と伊東を往復していた
3月、娘は浪人、母は天国へ
必死で娘の卒業式、謝恩会に参加した記憶がある
この時は本当に辛かった・・・
この12年間で一番しんどかった・・・

この時から私は薄々感じていた
母が亡くなったら自分の人生は変わると
そんな言葉が心のどこかに響いていた

そして・・・2回目の学びがはじまる
今度は親子のコーチングを学びはじめる


7年前、震災の年(2011年)
PTAママと部活ママが重なる
下の娘が高3へ
下の娘が部活の部長になる
娘の部活はインターハイ、国体までいく強い部だったので
自然に私に連絡などが入ってくる
震災の影響で千葉での関東大会、茨木での大会が中止になる
日本中が不安の渦に巻き込まれた・・・
その中で嬉しい知らせ
浪人していた娘が希望大学に合格
しかし入学式は震災の影響で中止になる・・・
浪人生活も大変だった・・・

私は学校が苦手だった
先生も苦手だった
なのに部活やPTAなどで学校の近くに駐車場をかりて学校に通っていた
もしかして私が父兄の中で一番学校に通っているのでは・・・
いや、2番目かな・・・
部活の指導で有名な先生が来られると
みんなで接待し夜の20時過ぎまで付ききりだった
でも、その時は楽しかった
子ども達の演技が日々、上達していくのが嬉しかった
子ども達とママたちと目標に向かっているのが楽しかった


6年前(2012年)
もしかしたらこのころ、私の中で「スイッチ」が入った瞬間が2つあったように思う
一つは下の子の時に学年長をしていたので
謝恩会での司会を担当することになった
ニューオオタニの鳳凰の間
300人~400人ぐらいの前での司会をすることになった
娘は「ママが司会をするなら私は謝恩会に出ない!」と。
私も「そ~だよね・・・」と。
でも一瞬、「やってみたい」
そんな気持ちに気付いた
刀の鞘が「パチン」と入った音がした
そして娘に伝えた
「ママ、司会をするから」と。
それから娘は何も言わなくなった
謝恩会は程よい緊張の中で楽しく司会ができた
私の中で大きな自信に繋がった

もう一つは新宿区の小学校の入学前プログラムの担当。
大げさだけど1億時間練習した
(それほど練習した)
これ以上、練習すると声が出なくなるくらい練習した
公開練習もあったり
オーディションもあった
それなりに緊張した
この仕事は2年続いた
今でもボランティアでお手伝いに入っている
この仕事は
今までの人生、安易な方向に過ごしてきた自分が嫌で
根性を入れて頑張った
絶対に後悔したくなかった
そして頑張ったことが過去の嫌な記憶を書き換えた

同時に自分でWSを開いたり
カルチャースクールでコーチングを教えていたり
私は「コーチになる!」と思っていた

でもいま、考えてみると
コーチの自分はイメージできていなかった・・・
以前も経験していた
やりたくてもイメージできていないことはNGだと・・・


またこのころカラー診断を受ける
カラー診断は奥が深かった
そこで内面と外面の両方からの働きかけがしたいと思うようになった


そして5年前(2013年)
春にサロンをやろうと突如思った
今、考えてみると
「サロンをやる」という気持ちも降ってきたように思う
そして4年半前の10月23日
サロンオープンの3日前にビジョンが降ってきて現在に至る
(2013年以降はまたの機会に)


この年の前半は本当に嫌な事があった
心にバラの茎がトゲとともににささり
抜こうとしても返って痛みが激しくなる
そんな感じで
時間が心の傷を癒してくれるのを待つしかなかった……
でもそこでいっぱい自分自身に向き合った
その時「この世界は愛でできている」と感じた
それは「愛」でもあり「愛」ではない
でも「愛」という言葉でしか表現できない感覚だった



2018年現在
私はまた学びはじめている
これからの未来に対応できる自分になるために!

いろいろ学ぶ中で気づいていることもたくさんある
私はやりたくてもイメージ出来ないことはNGであるということ
それに気づいた
その気づきは大きい

そしてこれからもワクワクを感じ
体が前のめりになることをしていきたいと思う


う・・・ん
簡単な12年だ・・・





なぜ私は時間をかけて
こんなことを書いているのかな・・・

そうそう
星の動きと関係があるのかな~と思って
でも星の動きは全くさっぱりわからない
いつか照らし合わせてみたいものだ










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Author:office tomo
音楽を通して世界が平和になるために世界の子ども達を繋げて「平和ネットワーク」を作る活動をしています。子ども達が繋がることは国と国が繋がること。子ども達の笑顔が平和な世界に繋がります。
詳しくはホームページをご覧ください。
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